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特集記事アーカイヴ Issue 2001.11-12

上海フリーペーパー事情2001

Text: 山田 泰司 Yasuji Yamada

いきなり私事で恐縮だが、私はかなりずぼらな人間である。どうずぼらかということを長々と説明しても仕方がないので割愛するが、その私が、上海で生活を始めるようになって以来、毎朝せっせと靴を磨くようになった。砂埃があまりにもひどく、黒の革靴が一日で真っ白になってしまうからだ。

人口1,700万、規模の上では東京を既に凌駕している中国一の大都市・上海は今、物凄いスピードでスクラップ&ビルドを進めており、街全体が工事現場と化している。昨日まで商店が並んでいた一角から朦朦たる砂煙が上がっているのでどうしたのかと目を凝らすと、中は瓦礫の山。1ヵ月後にはもう舗装された道路が完成し、それまで二車線の一方通行だった道路が、片側二車線双方向の道路に生まれ変わっていたりする。

テロで崩壊したアメリカのワールドトレードセンターと並ぶ世界第3位の高さを誇る金茂大厦を筆頭に、既に300棟以上の超高層ビルが林立し、2003年には新空港と市内の30キロをわずか8分で結ぶリニアモーターカーの運転も始まる。最も多いところで9本の路線が交差する高速道路のジャンクションは夜になると赤、グリーン、ブルー等々ド派手な蛍光色のネオンでライトアップされる。まるで上海は「ブレードランナー」が描いた世界を本気で実現しようとしているかのようだ。

一方で、古い街並みをいかした落ち着いた通りも健在だ。楓の並木が美しい、表参道を思わせる衡山路という通りは、租界時代のヨーロッパ風建築を利用したレストランやカフェ、バーが軒を連ねる。この夏にはあるライブハウスのオープニングに日本からkiroroが招かれライブを行った。上海一の繁華街、南京路に店を構えるある日本人ヘアスタイリストは「ロンドン、ニューヨーク、東京の流行はタイムラグなしで入ってくる」と話す。日本でも大人気のスターバックスは、8月末までにすでに17店がオープン、その後も月2〜3店のペースで増殖している。

そのスターバックスのマガジンラックに、フリーペーパーが置いてある。上海で発行されているフリーペーパーは、確認できた限りにおいて「SHANGHAI TALK」「that's」「CITY WEEKEND」「ウォーカー」「スーパーシティ上海」等々、現在9誌。これらの雑誌タイトルはいずれも原題である、と言えば分かると思うが、いずれも英語、日本語の媒体で、上海在住外国人や外国人観光客に向けた生活、エンターテインメント、レストラン、観光情報が主な内容だ。配布場所はスターバックスの他、外国人がよく利用するホテルやバー、レストランなどである。中国語の媒体ではないのだから、これらのフリーペーパーを読む地元上海人の読者は限られてしまう。

スターバックスは、コーヒーが一杯9元(約135円)からと、この手のスタイルの店にしては比較的手ごろな値段であることもあって、若者やホワイトカラーのサラリーマンらでいつも満席。だが、彼らを観察していても、手持ち無沙汰でパラパラとめくってみる人は見かけても、持ち帰ったり、そこから情報を得ようとしたりしている人はほとんどいない。

また、フリーペーパーの作り手が、現地人を読者対象としていないのは明らかだ。その証拠に、これらに掲載されている広告は、家賃が日本円にして50万円、100万円もする駐在員向けのマンションや、東南アジアのリゾートクラブ、高級ホテルのプロモーション、社用族が利用するカラオケクラブなどが目立つ。100%の輸入関税をものともせずベンツやポルシェを乗り廻す金持ちもわんさといるが、上海で大卒の初任給は2,000元〜3,000元(約30,000〜45,000円)。

フリーペーパーに掲載されている広告は庶民の生活とはかけ離れたものばかりだ。 なぜ、中国語の、中国人を対象としたフリーペーパーがないのだろうか。その前にまず中国の出版事情について少し説明しよう。

中国では今でも尚、出版物に対する検閲が実施されている。書籍、新聞、雑誌として発行するものについては政府の新聞出版局が、ショップが販促用に製作する小冊子など広告扱いの媒体は政府の工商局が管理を担当する。検閲の度合いは媒体の内容によって異なる。中国共産党の一党独裁体制が続いているため、当然、政治記事に対する監視が最も厳しいし、政治物を扱う出版物は、当局直轄の新聞社、雑誌社が編集、出版を行うものが大半である。

ただし、政治以外の分野についての規制はかなり緩やかなものになっており、検閲も当局が認定した人物、つまりはその雑誌の編集長に任すというケースがほとんどのようだ。

とはいえ、ポルノはまだ未解禁だし、邦訳の出版や著者の来日で日本でも話題になった「上海ベイビー」のように、「内容が退廃的である」との理由で出版後に発禁処分になるものも少なくないから油断はできない。

さらに、新聞、雑誌、書籍の場合には当局の発給するライセンスを取得しなければならない。こうした検閲、ライセンスの事情は、フリーペーパーについても同様に適用されるのが原則だ。資金等の条件が整えば気軽にフリーペーパーが出せる、という環境ではないのである。もうひとつの理由は単純。営利を第一に考えた場合、フリーペーパーはうまみのある「商売」ではないからだ。

ある英文フリーペーパーの編集者は、私の手渡したPOETRY CALENDAR TOKYO (以下PCT)をしげしげと眺め、「詩、あるいは語りかける表現というジャンルだけで、これだけの情報が集まり、その限られた読者に向けてこれだけの広告が集まるほど上海はまだ成熟していない。でも、このPCTにしても、それほど儲かってはいないんでしょう?」(編注:赤字です)と笑いながら語る。

「今、上海のメインカルチャーは『金儲け』。サブカルチャーも『金儲け』。要するに、市民の欲望が一つに集約されている。数年前に銀行の住宅ローンが解禁されて以降、市民はマイホームを手に入れることに必死だし、家のめどがつけば今度はマイカーと、とにかく生活環境を安定、向上、充実させることに一生懸命だ。それが一段落してはじめて、フリーペーパーの対象になるようなジャンルに関心が生まれ、人々の志向や価値観が分散、多様化する余裕が出てくるのではないか」と分析する。

フリーペーパーを作ろうという理由の一つとして、「自分の求める情報が既成の媒体では手に入らない、それなら自分で作ってしまえ」ということがあるのだと思う。その点、上海は今でこそ、日本や欧米に比べても遜色ないほどモノや情報が溢れかえっているが、それらが比較的自由に入り始めたのはようやく90年代半ば以降のこと。さらに2〜3年前からはインターネットが急速に普及したことで、毎日物凄いスピードで新しいものが生まれ、また海外から流入している。ほんの5、6年前までほぼゼロだったのがいきなり情報やモノの洪水にさらされたわけで、人々はまず、それらを受け入れ、消化するのに精一杯。情報洪水の中から生まれる渇望を感じる段階にはまだ至っていないのである。

さらに、PCTでいえばそのコンテンツの部分、語りかける、表現するということが、上海人はどうも苦手だし、それほど好きではなさそうなのだ。

今年5月に上海で創刊したあるカルチャーマガジンの編集長は、「上海人は、自分の意見を主張したり表現したりすることを、スマートじゃない、格好悪いことだとする気質がある」と話す。

「例えば、北京ではTシャツの胸にデカデカと『我很丑、可是很温柔』(俺はとっても不細工、でもとっても優しいよ)とか、『別惹我!』(俺に構うな!)などとプリントしたものを作って喜んで着るといったように、Tシャツ一枚でも主張せずにいられないという気質がある。これに対して上海人はブランドもの好きで、Tシャツを着るなら胸にナイキのロゴが入ったものを着る。言ってみれば、既成のものをそのまま受け入れることで満足し、新しいものを自らの手で創り出すことに情熱を傾けるという気質には欠ける」という。

今回、北京のフリーペーパー事情を調べるまでには至らなかったのだが、先の編集長によると、92〜94年ごろにかけて北京で中国語のフリーペーパーがいくつか出現したが、当局の規制と広告が集まらないことによる経営難から自然消滅し、その後目立った動きはないそうだ。

こうした中、今年10月、「high・生活在上」という名の、おそらく上海では初の中国語フリーペーパーがお目見えした。媒体の分類としては広告媒体で、広告の合間に、外国人の集まるようなバーやクラブで写した「おしゃれでハイクラスな」中国人のスナップ写真をちりばめたような構成だ。ただ、編集人は創刊の辞で「もしあなたが文章を書く人なら、写真を撮る人なら、絵を描く人なら、もしあなたがモデルなら、建築家なら、音楽家なら・・・私たちに連絡をください。私たちは、すべてのクリエイティブな新人類に、発表の機会を提供し、橋渡しの役目を務めます」と呼びかけている。同誌の誕生は、中国語フリーペーパーが広がりをみせていく契機になるかもしれない。

しかし一方では、10年後、20年後の上海に、先の英文フリーペーパーの編集者が言うような価値観や志向の多様化、分散化が本当に生まれるのだろうか、ということを考えたりする。

中国人は、隙あらば1センチでも1ミリでも他人より前に進もうとする人たちだ。上海の交通事情を見ればよく分かる。赤信号であっても、少しでも車の流れが途絶えたとみると、自転車が、歩行者が、我先にと前方に突っ込んでいく。その結果、当然事故は多い。私自身、一日に少なくとも3件は交通事故の現場を目撃する。ひ弱な私は彼らを見て、何も自らトラブルの起こるような事をしなくても、と思うのだが、何度事故に遭おうが、彼らは前進することをやめない。良くも悪くも余裕を感じる暇がない。ひとつの目標を達成したら、一息入れる間もなく次の目標に向かって驀進する。

生きることに物凄いエネルギーが要る街であり、国であるが、人々はそれを口で言うほどには苦にしていない。その結果、日本のようなスタイルのフリーペーパーが育つような空間が生まれなくても、それはそれで、いいことなのではないか、と思うのだ。

Yasuji Yamada 山田泰司
フリー・エディター。香港勤務を経て、2001年8月より上海の女性誌で編集、広告企画にかかわっている。


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